31.March.2001
斉藤ネコさんと吉川忠英さんの即興演奏を間近で見物しながらの宴会・・という贅沢。
斉藤ネコさん宅の宴会は、竜宮城の宴のようなのです。
時を忘れ、浮き世を忘れ、そのまま恍惚の人になってしまいそうなほど・・
だって、美味しい料理、美味しいお酒、楽しく愉快なメンバー、
可愛い〜豪華エンターテイナー達の様々な出し物つきで、
おそらく「これ以上は無い」といっても過言ではない完璧な宴!
今回は、憧れのスティング様の曲も忠英さんが歌い奏でてくれたし、
ネコさんの即興バイオリンも目の前で堪能出来たし・・で、
「家に帰った途端おばあさんになってしまっても、もう思い残すことはないわ。」と思いました。
というより、「一度この人生はこの幸せな至福の時に終わらせて、
新たに違う人生をスタートさせたいと思った。」という感じかな?
なぜかというと、夢のような、うらやましい話を聞いてしまったからなのです。
現在ロンドン在住の小林明子さんもその宴会にいらしていたのですが、
プログレが好きなので10年前にロンドンに移り住んだという渡英のきっかけ、
「恋におちて」の印税でロンドンに家を買ったという話、
あちらで音楽活動をしてイギリスの永住権をとったこと、
その後一緒にいらしていたイギリス人男性Davidと結婚したいきさつ、
最近のレコーディングにYESのメンバーが参加した話などなど・・に、久しぶりに大興奮。
ちっちゃな幸せの積み重ねの人生もそれなりに良いけれど、
人生をリセットして、大きな夢を叶えたくなる時も、たまにはあるのよねぇ。
30.March.2001
世界的なプロクライマー小山田大ちゃん指導のもと、クライミング挑戦・・という贅沢。
湯河原の幕山にある初心者向けの岩場だったのですが、それでも高さ17m。
「楽しい!」が「高所恐怖症」に勝ち、するするっと登ってしまった。
病付きになりそうな予感・・。
おみやげは、わらび、つくし、よもぎ、たんぽぽ。
う〜ん、ヘルシーな一日。
28.March.2001
ネコかるライブの日。
今日は、C級クラシック+B級ディズニー+A級ポップスの夕べでした。
面白いランク付けでしょう?
C級クラシックを聴いてため息をつく人は、似非のクラシック通、
「はっはっはっ」と大喜びするのは、相当のクラシック通かネコかる通だと私は解釈しています。
お笑いに例えると、A級が志村けんで、どなたにも楽しんでいただけるもの、
B級がMr.ビーン、C級がモンティパイソンって感じで、だんだん普通の人はついていけなくなる・・。
人には器の大きさがあって、受け入れられる許容量は、その器の大きさとフィルターの種類によると思います。
せっかく持っている器は大きいのに、フィルターが厚すぎて狭い口しか開けられない人、
精一杯取り入れようとしているのに、そのまま溢れてこぼれてしまう人・・
自分の器と気持ちが一致しない人達が多くなっていると感じるこの世の中で、
ネコかるの面々の器の大きさ(音楽だけじゃなくて、人間的にも)には毎度びっくりです。
あれだけ本番中にお互いに反応し合って遊ぶグループは、なかなかないと思います。
許容量の大きい人にしか出来ない技、遊び、そしてエンターテインメント!
ゲストは相曽晴日さんだったのですが、めちゃくちゃ歌が上手いの!
生であんなに心地の良いボーカルを聴かせて頂いたのは、久しぶりでした。
終了後一緒にお話をしたのですが、その辺のママ達とはやはり違うなぁと思っていたら、
横にいたファンの女性の会話が聞こえてきました。
「どうして、あんなに上手に歌えるんだろう?」「才能があるのよ。」
「努力だけじゃだめなの?」「・・・」
思わず横から、「才能と努力と情熱と根性と心っ!」と叫びそうになりました。
27.March.2001
レッスンでした。
楽譜の読み方や古楽の解釈の仕方に、このところすっかり自信を失っておりましたが、
楽譜については、先日、若い頃得意だったピアノで試しに弾いてみたら、
苦労しているフラットやシャープが一杯ついているエチュードを難なく弾けたのです。
なんだ、楽譜が読めないのではなく、リコーダーだから出来なかったのですねぇ。
あぁ、リコーダーを早く身体で憶えたい!
それから、解釈の仕方も、今日、率直に先生に話してみたところ、
実は、私の「こうしたい」と思っていることが変なのではなく、
単純にリコーダーの技量が足りないので「そういうふう」に聴こえていないということが判明。
言葉で説明しなければ自分の意図を分かって頂けないなんて、非常に情けない話ですが、
自分の幹となっている音楽表現自体を否定されたようで自信を失いかけていただけに、
ホッとした気持ちの方が大きかったです。
さて、その後駆け足で娘の中学校のブラスバンドの定期演奏会へ。
卒業生の思い出の1ページになるはずのこの演奏会、
前年度は、コンクールに演奏した思い出の曲や、一年間頑張った部長さん達の花道もあったり、
卒業生ひとりひとりに花を渡していくシーンもあったりの構成だったのですが、
今回は、ちゃんとした「プログラム」にこだわり、この日のために用意された新曲が多かったようです。
そしてさらに「卒業生30人ひとりひとりにここで花を渡すと、皆さんが飽きちゃうと思いますので、
今年は割愛し・・」とコメントがあったのです。飽きるだなんて・・
「この中に演奏自体に期待を寄せて見に来ている客がどれだけいるのだろうか?」と思いました。
少なくとも私は、30人の卒業生達に
「3年間よく頑張ったね。後輩達を育ててくれてありがとう。」と拍手したかったです。
「吹奏楽部」だから「音楽を学ぶ」「音楽を聴かせる」というのではなくて、
クラブ活動には、皆が力を合わせる素晴らしさ、団体行動の難しさや人間関係を学ぶことなど、
音楽以外のものも吸収できる魅力があると思います。
だからこそ、そんな背景を見せて頂いた方が、感動できるような気がしますが・・
26.March.2001
日記を随分サボってしまいました。
(メールのお返事も書けていなくて・・皆様、申し訳ございません!)
その間、いろいろな出来事があったのですが、今日はその中で、実にくだらないことを・・。
先日、夫が「会社でお役目ご苦労様になったノートパソコン」を抽選で当てたのです。
ノートパソコンは、以前から我が家の欲しい物ランキングの上位に位置していたものなので、
届く前から、リビングのソファで楽しんでいる姿を思い浮かべてウキウキ気分でした。
(ちなみに私のパソコンは、音響機器と固く結ばれているので、防音室に固定されています。)
ところが、いざ届いてみると「これでもノートか?」っていうくらい重く、
モデムもCD-ROMもついていないその中身は、「Office97」だけ・・・
ノートを手に入れたら、事務系ではなく、くつろぎながら画像編集などをやりたかった私達は、
思わず、その子を前に「意味ないじゃ〜ん!」
「悔しいねぇ。なんとかならないの?」「モデムを買って、メールで送る?」
「でも、ネットに繋げられても、旧型だから重いファイルのやりとりは出来ないみたい。」
「マック派の我が家には、これに使える小道具が無いしねぇ。」
「今さらCD-ROMを購入するくらいなら、本体を買った方がましだよ。」
「あっ、そういえばその辺にWindowsで使えるZipが転がっていなかった?」
「あ、あるある。でも、zipだよ、zip。どうするのよ。」・・・
日本は、その昔、乏しい資源を知恵と勤労によって立派な製品に変え、著しい成長を遂げた国でした。
「私達も、その血を受け継いでいるのなら(大袈裟?!)、
乏しい材料、道具でも、工夫次第で良い物に変えられるはずなのよ。」
とよく娘に説教をしている母としては、やはりここで頑張らねば。
・・ということで、お払い箱寸前のノートパソコンの調教にメラメラ燃えてしまったのです。
結果は、無事「Photoshop」も入れられて、大成功。快適、快適!!
あとは、マウスの代わりの「人差し指ぐりぐり パッド」(なんて言うのでしょう?)をマスターするだけです。
これをマスターするのには、やはりゲーム上海しかないでしょう。
で、「5分以内に全クリアを5回」したら、合格にしようと決め、いざ練習開始!
ぐりぐり、クリック・・ぐりぐり、クリック・・ぐりぐり、クリック・・
そしてついに目標を達成し、それと共に「ぐりぐり」もかなり上手になったので、娘に自慢したら、
「私、お腹空いて死にそう。」とぽつり。
あわてて時計をみたら、なんと、やり始めてから6時間も経過していました。
この集中力を他のことに使いたかった・・
16〜17.March.2001
16〜17日・・そう、徹夜だったのです。
まず、癒し系フレンドOさんと「器楽」という有田焼のレストランでランチ。
綺麗な器が、十種類以上も懐石盆にのって出てくる食事は、目でも楽しめていいですね。
おまけに話題に事欠かないOさんと、様々なお話をして、とてもリラックスできたし・・
帰りに、広い器屋さんをグルグル巡って、あれやこれや言いながら器を愛でたのも、
その後待ち受けていた苦しみを、減らしてくれるものでした。
たくさんエネルギーをもらっておいて、助かった〜。
さて、その苦しみとは、ノンキー・プロジェクト用の楽譜書きなのです。
翌17日の練習でやるはずの「おどり」の楽譜・・書き譜にするのがとても大変なのです。
この曲は、土着民の踊りというか、民族音楽というか、祈祷系音楽というか・・
ブン、ド、ド、トゥ〜ンド・ドット、〜ッゥンッドゥ・ドット・・
のような変なパーカッションメインの曲でなので、
本来は楽譜を見て演奏するような類の曲じゃないのですよね。
なんか、こう、たき火のまわりで、身体の中から自然に沸き立つようなリズムに音をつけていくような・・
それを書き譜にするなんて、至難の業!考えただけでゾーッ。(私は、楽譜自体が苦手なので)
それに、毎度のことですが、シーケンサから楽譜をおこす段階で、ミスや余分な音が多いことを発見してしまい、
結局アレンジもいじらなくてはいけない羽目になるのですよね。
音楽理論に弱い私は、またそこで落ち込むし。ふぅ。
でも、今晩がタイムリミット。そして結果は・・・
あ、もう2時だ。---あぁ、もう4時、---あぁぁ、6時だ!---で、完成は朝の9時。
それからお風呂に入って、いそいで支度をして、10時には「青葉」の練習場に。
こういう時、自分のタフな精神力には、自分でも驚きます。
けど、精神的に強くても、もう、だめですね。身体も頭もついてこないことが、よく分かりました。
それはそうです、徹夜といっても、あの作業の徹夜は「ツルの恩返し」状態だもの、身も心もボロボロ。
楽器を持っているのも辛い、座っているのも辛い。息は絶え絶え。
初見で演奏することが多かった今日の練習は、迷惑をかけ通しでした。
そして、30分食事休憩した後、ノンキー・プロジェクトの練習。
徹夜後、計6時間リコーダーを吹き、皆にあれこれと説明をしたのですね。あっぱれ。
久しぶりに、ほんとーーーーーーーに疲れました。
せっかくOさんにもらったエネルギーも、たった一日で使い果たしたか・・
来週、また、補充しなければ!
14.March.2001
リコーダー練習2日目は、「野ばら」と「マーブル」のダブル!
「野ばら」は、デュエット練習をした後、速めの4声の曲の縦合わせ。
何回かやったら、バラバラだった拍頭が、急に綺麗に揃うようになりました。
今日は、前向きにチャレンジしている曲だけではなく、以前練習した曲もやってみたところ、
皆、余裕綽々・・確実にステップアップしたようでした。
毎度、成長の速さにびっくりさせられますが、全員、向き合い方が真摯だからなんでしょうね。
見習わないと!でも、そろそろ坂道は一旦終わりにして、平面走行をしないとキツイですよね。
そうそう、今日は、今度挑戦する曲を録音したテープを全員に持っていってみました。
前回、ほとんどの人が「楽譜は苦手」と訴えていたからです。
さて、目と耳を使っての初挑戦曲は、どうなるのでしょう?次回がとても楽しみです!
午後は、マーブル、久しぶりの練習。
ずっと前からとーっても楽しみにしていた日なので、全員ルンルンでした。
4人とも全パートを同じくらいの技量で吹けるので、
パートをどんどん変えながら何曲もやっていったのですが、
初見もバッチリ、音程もぴったり合うマーブルでは、「練習する」という緊張感が全くなく、
無心、脱力で、心からアンサンブルを楽しめるのです。
今日は、ゆりえさんがバスを購入したのを記念して、
S A T B だけでなく、T B B Bの4声もやってみたのですが、
吹いている口元が嬉しさでゆるんでしまうくらい、素敵でした。
「あまり吹くチャンスのないバスを買ってしまって良かったのかなぁ・・と思っていたけれど、
本当に買って良かったわ!」と、ゆりえさん。この編成は、マーブルの看板になりそうです。
吹き終わった後、「キャ〜〜〜!」といちいち身をよじって感激するのが、マーブルの特徴、
別れ難く、うじうじとロビーにたむろしてしまうのも、マーブルの特徴、
そして、「ありがとう、ありがとう!」といちいち感謝し合うのもマーブルの特徴。
あー、癒された!心地よい疲労です。
13.March.2001
今日から続くリコーダー練習オンパレード、第一弾は、レッスンでした。
まず、準備運動用のロングトーンの音程合わせをやってから、「問題」のシュテープス。
「しだいに広がる下降音程」といって、3度、4度、5度、6度・・とだんだん広がっていく音を、
音程をピタッと合わせながら、下降していく練習なのですが、
ただそれだけのことなのに、嗚呼、どうしてこんなに楽譜を読むのがつらいのでしょう?
フラット6つとかになると、髪の毛がゴソッと抜けるんじゃないかと思うくらいストレスを感じる・・。
ピアノも弦楽器も、ひとつの形を覚えたら、平行移動するだけで調が変えられるのに、
管楽器って、こういう時に不便ですよね!
が、金縛り状の白い指(力が入り過ぎて!)が、先週あたりから、やっと動くようになってきたのです。
でも、まだまだピエロのよう・・で、自分の無様な姿が可笑しいのでニヤニヤしていると、
先生も堪えきれずにニヤニヤ・・いやいや、ぽりぽり、とほほでした。
ヘンデルは、G-Moll。シュテープスの後だと、らくちん。天国です!
気持ちよく吹いた後に、先生がヘンデル直筆の譜面と私の楽譜と照らし合わせて下さったのですが、
なんとまぁ、間違いの多いこと!どうして、ここまで違っちゃうのでしょうね?
「勝手に指が動いてしまい、あぁ、間違っちゃった!」と思っていた方が、
実はオリジナルのメロディだったり、スラーだったりもあったので、
やはり、不自然なものって、身体が受けつけないのだなぁ・・と思いました。
8.March.2001
さえ子に誘われて、鈴木慶一さんのVJ+ワンマンライブを見に行きました。
ライブが始まったのは、夜中の12時半過ぎ・・本当に東京は眠らない街ですよね。
新しいもの好きの慶一さんのパフォーマンスは、自作ビデオクリップにシンクさせた半カラオケに合わせて、
ギターとシンセを弾きながら歌うというもので、バンドメンバーもスタッフもいらない・・という形式。
見る側としては、こういう形態ばかりじゃ寂しいけれど、やる側としては、羨ましい形態でした。
西麻布の摩訶不思議なクラブ(名前失念。なぜかニューヨーカー達が多くて、満員)も私好みで満足!
さえ子も私も一応母だからして、頻繁にそのような場所に出かけるわけにはいかないけれど、
「たまには日常生活から離れないとだめだよね!」と言い合うほど、刺激的かつ触発される処でした。
さて、「イギリス人男性は、老けないよねぇ」というようなバカ話で盛り上がっていたら、
横に見覚えのある顔が・・誰かと思ったら、同じくイギリスフリークだった軽音楽部の先輩でした。
それから3人で音楽や映画の情報交換を始めたのですが、なんだかその岩崎さんと私、発言が似過ぎー。
そりゃあ同じ大学、同じクラブ、同じ楽器を選んだのだもの、趣味はその頃から似ていたはずなんだろうけど、
「最近、知識は容易く入手出来るからね、昔のように知識人が優秀な人ではなくなったよね。
体力と気力、これからはこれがキーワード!」と言われた時には、びっくり!
十数年、お互いに全然違う世界で暮らしてきたというのに、今現在の考え方までも似ているとは・・
確かに私達が大学時代は、シンセ・コンピュータのオペレートを出来る人が憧れの的だったし、
何事に於いても知識・情報の豊富な人がヒーローだったけれど、
今は、シンセ・パソコンなんて誰でも持っているし、簡単に扱えるし、
知識、情報は苦労しなくても、簡単に入手出来る時代。
もはや「知力」は自慢できることではなくなってきているのかも。
やはり、これからは職人わざだったり、運動能力だったり、気力だったり・・
「修行して、いかに思い描いていることを実際に形に出来るか」ですかね。
6.March.2001
娘はもうすぐ中学3年生です。
のほほんと楽しく生きてきた彼女にも、初めての苦痛=受験がやってきます。
気の合いそうなお友達や、良い先生と巡り合えそうないい校風の学校に入って欲しいと思うのは、当然の親心。
けど、その受験のため、最近塾は必須だそうで、娘のクラスではほとんど全員が通っているとか。
「うーむ、どうなっちゃってるの?」と思いつつも、一応、受験生の母見習いとして、
研究だけでも・・と、この辺りの塾数件の案内書を取り寄せてみました。
その内容はどれも、あの手この手で受験戦争の現状を親に突きつけて不安にさせ、
「我が塾は・・」と正義の味方が登場するような感じのもの。
でも、はっきり言って、私にとっては全く説得力のない内容でした。
で、勿論すぐに「や〜めた!」となったわけですが、娘が「数学だけ誰かの援助が必要」というので、
仕方なく、体験授業で気に入ったらしい個別指導塾に行かせてあげることにしたのです。
今日、入塾申し込みに行ったのですが、なにやら、エリート意識の強そうなその塾・・
エデュケーショナル・チューターという聡明そうで美人の女の人(パステルカラーのスーツを綺麗に着こなして、
顔に「完璧です」と書いてあった)が出てきて、私達をあおる、あおる!
「公立は、何もしてくれませんよ!」と言われ、「東大に入るには理科と社会も今から・・」
「偏差値○○の学校は・・。」「必死でこの競争を・・。」とまくし立てる。
そんなこと言われたって、根っからマイペースの私が焦るはずもなく、
「学校が何かをしてくれなきゃ、何も出来ないヤツの方が困りものよねぇ。」
「皆が憧れる学校ではなく、自分が入りたい学校に入れればいいのよ。」
「偏差値が高い=良い学校・・とは言えないと思う。」と心の中でつぶやきつつ、
一応、愛想笑いと気のない「はぁ。」を。
そしたら、塾を出た途端、娘が吹き出したのです。
「人生勝ち組も、お母さん相手じゃ暖簾に腕押しだね。」
どうなることやら。
3.March.2001
コンソート青葉の練習でした。
定期演奏会に向けての練習や準備が始まった・・という実感。
練習は、音合わせを兼ねての「イン・ノミネ」数曲、ホルボーンの「組曲」全曲と、
テイラーの「ファンタジア」などをやった後、「ハレルヤ」へ!
新曲に頭を悩ませていたメンバー達の顔が、耳慣れた曲を吹くと同時に、パッと明るくなったのを感じました。
練習後も、「ハレルヤで気持ちが晴れるわ!」という声が聞こえていました。
難しいと感じる程度には勿論個人差があると思いますが、1曲でも耳慣れたものが入っていれば、
皆の心の負担を随分緩和させてくれるのですね。
練習後、残っていたメンバーで、演奏会の会場候補にあがっている ART
SPACE O を見に行きました。
倉庫という感じの場所で、決して綺麗という感じでも、使いやすいという感じでもないのですが、
アルゲリッチや諏訪内晶子など、内外の錚々たるメンバーが演奏されてきたという・・
「郊外の100名収容のサロンでなぜ?」と、なんだか信じられない話でしたが、
その場所に実際に立って、オーナーの様子を拝見していたら、納得がいきました。
「頼まれてやる」とか「やらなくてはいけないからやる」というのではなく、
「思わず身体が動く」というのが、私の理想形なのですが、
あの空間と、オーナーの雰囲気に誘われたのか、気がつけば、皆で笛をピーヒャラ吹いていました。
音響が良く、便利、綺麗、リッチという全能のフィリアホールも捨てがたいけれど、
楚々とした雰囲気、アングラ大好きの私は、こういう所も惹かれるのよね。
1.March.2001
レッスンでした。
一回一曲でやっていこう・・と始めたヘンデル・ソナタシリーズでしたが、
C-Durは、なんと3ヶ月かかって、やっと今日終了となりました。
実は、技術的には難しい曲ではありませんし、とても美しいメロディなので、
最初、譜面通りに吹いた段階で、私としては十分サマになっているような気がしていました。
ところが、どっこい!どうやら、古楽の解釈とはほど遠い吹き方をしたようなのですね、私。
で、レッスン毎に、先生がバロック時代やヘンデルについて、丁寧に説明をして下さったのですが、
申し訳ないことに、そういうセンスをなかなか私の中に取り入れられないのです。
それどころか、それと反比例して、私はどんどん自信を失っていく・・。
だって、聞けば聞くほど、バロックは、私と相性が悪そうなんですもの。
例えば、バロックが「装飾」の時代だったこと!
日々「質の良いシンプルな生活」を目指し、煌びやかな装飾を排除するように心がけている私は、
一体、どうすればいいの?
ただ、たとえ相性が悪い人でも、相手の良さは感じられるし、認められるのと一緒で、
この曲はそれでも好きだったし、先生の教えて下さることは、頭では100%理解できていたのです。
けど、頭だけで理解していても、身体はついてこないのですよね。
そういう演奏は、聴いている相手にしっかり伝わってしまう・・
そう、先生は、すべてお見通しのようでした。
仕方がないので、途中からは、もっともっと根本から古楽を受け入れてみようと努めてみました。
その結果、やっと今日、以前の私とは違うアプローチで、C-Curを吹く事が出来たのです。
まだまだほんのちょっぴり近づいただけ・・という感じではありますが、
誰かの身体を借りて吹いている感じはなくなり、違和感も感じませんでした。
頭だけではなく、身体でも受け入れたサインです!
そして、「温故知新」とはよく言ったもので、
古い時代の事を理解したことで、新しいアイデアが溢れ出てきたのです。
ということで、達成感と満足感・・C-Durは、忘れられない曲になりそうです。
次は、G-Moll。
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