28-30. September. 2001

いよいよノンキー・プロジェクト4回めのレコーディング。
また、連日十数時間、狭い防音室に軟禁状態が続きました。
でも、今回は、準備に時間をかけて万全の用意をしておいたし、作業に慣れたせいもあって、
ヘッドフォンで耳が壊れそうだったのと、頭がウニになったのを除けば、
前回よりは、楽に出来たと思います。それでも、かなり厳しかったですが・・
そうそう、その間にあった、コンソート青葉のハードな練習や、
ロンドン在住のフィドル奏者松任谷さんがいらっしゃって下さったのも、
気分転換になって良かったのだと思います。
録音の詳細は、近日中に更新予定の「ノンキー・プロジェクト近況報告」でご覧下さいませ。
それにしても、メンバーの皆様、出番後くつろぐのは大切ですけれどね、終電チェックよ〜!





27. September. 2001

「コンソート野ばら」の練習でした。
11月3日の地区センター祭で演奏することになったのですが、
館長さんから、「出来るだけ長く演奏して下さい」と頼まれたので、新曲も多く、
今日から時間を延長しての特訓開始です。
大変ですが、たまには、こうして目標に向かって練習するのもいいことですよね。
今日は、「熱があって喉が痛いから吹けないのだけれど・・」と、見学だけにいらっしゃった方、
ご実家に介護に行かれていたのを、わざわざ飛行機で戻っていらっしゃった方がおられました。
本当に、皆さんの真摯な態度には、毎度心を打たれます。
私も、精一杯頑張ろう・・と心に誓いました。





26. September. 2001

アートチームのちえさん、いくこちゃんの展覧会に行って参りました。
お互いにとても忙しかったこの夏の間、会おう会おうと言いつつ一度も会えず、やっと・・の再会でした。
大ちゃんともいっぱいお喋り出来たし、みんな相変わらずの様子だったので、ホッ。
今回は、布と器の展覧会だったのですが、和風のキルトや、江戸小紋柄を一枚一枚手書きした皿が素敵でした。
墨を染み込ませ、古びた風合いにした簀の子の上に作品が展示されていたのも、さすがだなぁと思いました。
私も、早く思う存分陶芸をやりたいなぁ。ノンキー物語が完成したら、作りまくるぞー!

  






25. September. 2001

Hopiさんの主催で、ゆりえさんの送別会。
自由が丘のアイリッシュパブで、楽しいおしゃべり+ギネスでした。
先週まで、ゆりえさんがお引っ越ししてしまうことが辛くてたまらなかったのですが、
このところよく大阪日帰り出張する夫の様子を見ていて、
「なんだ、大阪は、そんなに遠くないじゃない!」と思いはじめ、気が楽になりました。
で、「ノンキー・プロジェクトなら、要所要所の参加で続けられると思うので、続けて!」
と半ば強制的にお誘いすると、「はい」という、良いお返事。
そうなのです、ゆりえさん、ノンキー・プロジェクトを続けてくださるのですって!!
月が綺麗な嬉しい夜でした。






23-24. September. 2001

業者を一切入れずに家の手入れを頑張っている私達にとって、
季節の変わり目は、大変なのです。
庭木の剪定、花の手入れと種取り、犬のシャンプーと、
犬が住み着いてしまった玄関とアプローチのタイルをゴシゴシ、
そうそう、今回は、裏庭にデーンと置いてあった犬小屋
(7年間の間に3回ぐらいしか使われなかった・・)
を解体したので、その跡地に敷き詰める砂利の運搬作業も加わったし。
室内関係では、床のワックスがけ(どーして犬の爪痕が多いの?)と、
夏服の整理もちょっと。
二人して倒れそうになりながらの作業でした。
夜は夜で、コンサートプログラム作りとレコーディングの準備を着々と・・
のつもりでしたが、さすがに疲れてしまい、
キーボードの上に突っ伏したままグーグー。
嗚呼、あっという間に、連休は終わってしまったのでした。

 ←仕事を増やしてくれる張本人。






22. September. 2001

Corrs in Tokyo!!
素晴らしかったの一言・・
あれだけ美人がステージ上に3人居たら、
少々下手でも許されるだろうに、その逆。
皆、複数の楽器を扱っているのですが、
その腕も、歌も、何もかも、超一流なのです。
サポートメンバーも、ギターとベースが一人づつのみ、
積み上げたキーボードも、派手な機材も、
コーラスガールもダンサーも居ず、照明も衣装も地味。
ひたすらCorr4兄妹のそのままの美しさ、
能力の高さがフューチャーされたステージ、
しかも、自然体で、自身が楽しんでいて、
こちらにも、その楽しい雰囲気をそのまま伝えてくるのです。
いやいや、参った、参った!期待以上のステージで、100点満点でした。
そういえば、アイルランド人は、モノへの執着がなく、
芸や、文化を尊ぶそうですね。納得。
それにしても、ずるい、不公平だ!!あの娘達を生んだ親の顔が見てみたい。





20. September. 2001

今日は、レッスン〜友人達とランチ〜斎藤ネコ家訪問。

レッスンは、ヘンデルD-mollの「frioso」=難曲です。
でも、ダブルタンギングで高速吹きは久しぶりなので、ちょっと快感だったりして・・
ただ、まだ速く吹くだけで精一杯なので、「ライン」ではなく、
「点々の集まり」のような吹き方になってしまっていて、格好悪いのよね。
それに比べ、同じようなラインを滑らかに吹く先生のバスリコ、素敵だったなぁ。
今日は、おかげで「こう吹きたい」というイメージを持つことも出来たし、
そのためにはどんな練習が必要かを教えて頂いたので、次回は上手に出来そうな気がします。
それから、音楽についていろいろと先生とお話したのだけれど、
やっぱり、この先生に出会い、この先生の音楽に対する姿勢が好きだからこそ、
たまたま手にしたリコーダーを、こんなに長く続けてこられたのだろうなぁと思いました。

ランチは、ずっと前に住んでいたマンションのお友達に誘われて、キムタク"父"のお店へ。
私は初めてでしたが、かなり前に予約しないと入れないような人気店らしいのです。
それもそのはず、なかなか良いお店でしたし、キムタクのお父様が、一席づつご挨拶に・・
「さすが、スターの血筋」という感じのオーラが漂っていました。
それにしても、最近、懐かしい友人からのお誘いが絶えないのだけれど、
どうしてかなぁ?ま、嬉しいことですが。

その後、斎藤ネコさん宅に伺い、購入したばかりのMacG4を見せて頂きました。
私が触って調子悪くなるといけないので、遠慮していると、
「触っていいよ、もうすでに調子悪いから。触ったら、かえって良くなるかもしれないし・・」と。
喜んでいいのか、怒っていいのか・・うぅ。
でも、憧れのマシーンですもの、やっぱり、遠慮なく大喜びで触っちゃいました!
DVDも、ビデオ編集も楽しそうだし、OS Xはお洒落だし、いいな、いいな、いいなぁ。
しかし、妻Oちゃんの「で、これだと仕事がはかどるの?」の鋭い質問に「全然」と答えるネコさん。
「だって、容量が大きくて賢いのでしょ?」の突っ込みに
「ワンルームから、大きなビルに引っ越した。ところが、配線はできていても、まだ空っぽなわけ・・」
「はは〜ん」と悟ったように古いマックを指差して「こっちは?」という彼女に「それも使う。」
Oちゃん、「新しいマックはおもちゃになるのだな。」と、判ったようでした。
この二人の質疑応答は、ほんと、可笑しい!





14. September. 2001

今日は、宣言通り、朝、家族を送り出してから二度寝。
グーグー、グーグー、ほとんど一日中寝ていました。
夕方からは、リコーダーアンサンブル・ステラのコンサート。
ところが、寝れば寝るほど余計に具合が悪くなってしまったのです。
「えいっ」と気合いを入れて起き上がって出かけてみたものの、
なんと、最寄り駅から、目的地と反対方向へどんどん歩いていってしまったのです。
思考不能状態でした。行ったことがある教会だったのにぃ。
ぐるぐるぐるぐる歩き回った末、やっと辿り着いたら、
もうすでに前半が終わってしまっていたし・・。トホホ。
でも、青葉で練習中のギボンズ「イン・ノミネ」は、しっかり聴けたので、
行った甲斐はありました。
それにしても、業界Yさん、斎藤ネコさんと並んで座った後ろの一角は、
浮いていましたよねぇ、ふふふ。






13. September. 2001

「コンソート野ばら」と「ノンキー・プロジェクト」の、練習W日。
「野ばら」は、約2ヶ月ぶりの練習でしたが、ブランクを感じない演奏でした。
たっぷり出しておいた宿題を、皆さん、真面目にやっていたのでしょうね、感心、感心!
でも、そんなのんきなことを言っている場合じゃなくなりました。
11月3日の地区センター祭に出演が決まり、練習曲を増やさなくてはいけないのです。
あぁ、これからしばらく、ハードな練習になりそうですね・・

ノンキー・プロジェクトの方は、9月28〜30日のレコーディング用の練習。
午後から夜まで入れ替わり立ち替わり、それぞれ担当になった曲の練習をやっていきました。
準備もなんとか間に合ったし、皆、一生懸命よくやって下さったので、ホッ。
実は、今回、完成までの青写真通りに進めていくために、3日で8曲録ることにしたのです。
BGM用の短い小編成の曲が多いから大丈夫・・と思っていたのですが、
なんと、スケジュールを組むのに5時間以上、ガイドオケを作るのに30時間強、
その前に曲を作ったり、アレンジしたり、楽譜を書くのに費やした時間を含めると、
数えるのが恐ろしくなるほどの準備時間を要しました。
並行して他の自分の仕事や約束もこなしてきたわけですから、
さすがに体力・気力自慢の私も、ボロボロ。
パソコンに向かうだけで、涙がツーッと流れてくるようになってきていたのです。
でも、今日で練習も終わったし、準備も大方終わったし・・
明日は、とりあえず、何も考えずに寝るゾ〜〜〜!





10. September. 2001

山のようにたまっている宿題と家事と受験生を置き去りにし、
月曜夜、しかも暴風雨の中だというのに、ネコかるのライブに行って参りました。
(空き空きだろうと思っていたのに、満杯でした。ネコかるファンの皆さん、呆れますよ。)
今日は、勿論ネコかる演奏やネコさんの軽妙洒脱なトークも楽しみにしていたのですが、
なんといっても、ゲストの佳村萌さんに再会できることを楽しみにしていたのです。
ちい(萌さんの愛称)とは、ベアトリーチェという女の子バンドを一緒にやっていたのでした。
その頃彼女はドラムス担当だったのですが、その後、女優さん、歌い手さん、絵描きさん・・と、
どんどんその溢れる才能を開花させていった・・という噂は聞いていたのです。
が、今日、久しぶりに会ってみると、ずーっと前と全然変わっていなかったちい。
とっても可愛くて、とっても良い性格のままで、ホッとしました。
そうそう、余談ですが、「ベアトリーチェ」って、ドラマー変遷だけ書いても、
初代=佳村萌、2代目=CAT三木、3代目=鈴木さえ子(ここのコラム好きです)、
今、思うと、本当に芸達者で美人が集まってきたバンドだったのよね!
さて、今日は、もう一つ楽しいイベントが・・
早稲田の学生さん達によるネコかるコピーカルテットです。
トークまでコピーしてて、可笑しかったぁ。笑った、笑った!
真面目な素人さんをつかまえて笑いを引き出すあたり、
やはり斎藤ネコは、お笑い芸人なのでしょうか。






9. September. 2001

大学時代の同級生4人で久しぶりに会食。
一人はN.Yから、一人はパリからこの春帰国し、もう一人は外資系大企業の副部長さん!
私の「楽に走った日常」とは違って、皆さんの濃厚で充実した日々と言ったら・・
ことに、Kちゃんの、子供達を如何にして最難関校に合格させたかという成功物語を聞いて、
うーむ、のんびり受験生の母としては、頭をポカッと殴られたような気分。
そういえば、田舎から上京して初めて彼女らに会った時も、カルチャーショックを感じたなぁ。
そう、そうなのよ、私がまだ田舎で鼻歌歌うか寝るかしていた頃、
彼女たちは、東京・横浜で、受験塾に通って、中高一貫校に入って、FENを聞いていたのです。
うちの親なんて、姉にはともかく、私の受験時は、ほったらかしだったものね。
今日、彼女たちが揃って「自分の時も、こうして勉強させられたものねー。」と言い合っているのを聞いて、
子供は親のようになる・・というのは本当なのねと思いました。
家に帰ったら、昔の私そっくりの、のうてんきな受験生が嬉しそうに絵を描いていたけれど、
っていうことは、そのうち自分で「こうしたい」と決めたら、猛ダッシュするのかしらん?
ま、ここまできたら、そう信じるしかないけれど・・






8. September. 2001

コンソート青葉の練習でした。
今日は、まず、11月にある演奏会の企画ものについての話し合いから。
演奏会の中間部分で「ホッと一息」のコーナーをやるか、やらないか・・なのですが、
私は、「何事も楽しく!」がモットーですし、サービス精神が旺盛なので、
随分前にその話が出た時から、何の疑いも持たず、
お客様が喜んでくれそうな楽しい企画を考えておりました。
ところが、捻り出した企画3つを先日提案したところ、反応があまり無かったのです。
自信満々のアイデアだっただけに、正直なところ、最初はびっくり→自信喪失でした。
でも、その後、他のアイデア提案なども含め、
「今から準備するのは大変では?」という意見、
「演奏会だと思って来て下さる方が企画ものをやっているとがっかりするかも」や、
「やはりホッと一息は必要ではないか」などの意見などが活発に出始め、
本当にメンバー全員が、真面目に真摯に向き合っていることがわかり、感心してしまいました。
けれど、その一方、そうして冷静に議論し始めた段階で、
私のワーッと燃えていた情熱はすっかり収まってしまったのでした。
こういうことはノリ・・、皆一緒に盛り上がってこそだと思っていたからです。
なのに、なんと、今日、その中の一つをやることに決まったのです。
さぁ、どうしましょう?
こうなった以上、私も、また気持ちをグッと盛り上げておかなくちゃ。
やはり「皆でのっていこう!」しかないですものね。

合奏練習は、プログラム順に、どんどん、どんどん。
ひえ〜、結構難曲が沢山あったのですねぇ!






7. September. 2001

久しぶりに映画館で映画、「A.I」を見ました。
アメリカでは、あまり受けなかったらしいですね。でも、私は感動したし、泣けたなぁ。
「血がつながっているから可愛い」とか、「お世話をしたから可愛い」という人もいるけれど、
親子の愛する気持ちって、そういうことからくるのかなぁと長く疑問に思ってきました。
が、なんだか、この映画を見たら、余計にわからなくなってしまいました。
母が100人いたら百通りの育て方があり、どれが「良い」とか「悪い」とかじゃないと思うのだけれど、
なんかこう、give&take(損得感情ではない)が上手く成り立っていない人間関係っていうのは、
親子関係に限らず、寂しいような、空しいような・・
愛されるから愛するようになり、愛するから愛されるようになると、私は、やっぱり信じたいなぁ。
一緒に行ったOさんとは、そんな談義。
映画は一人で行く方がいいという人が多いけれど、
私は、こうして見終わった後に、あれこれ言い合って感動を分かち合うのが好き!






6. September. 2001

レッスンでした。
まず、6度でハモって差音を聴く練習をしたのですが、意外と早めにクリア。
そしたら、「シュテープスは?最近やっていませんよね。」と言われてしまいました。
ああ、ついに、ばれた!
実は、このところあまり自己練習をしていないので、楽譜を後ろに隠しておいたのです。
何回かばれなかったから「よしよし・・」と思っていたのにぃ。
「シュテープス様!」と崇拝したくなるくらい良くできた素晴らしい教材なのですけれどね、
やはり、あれをコツコツ毎日コンスタントに練習するには、かなりの根性が必要!
あ〜あ、ちゃんと練習したら、絶対上手になるとわかってはいるのですけれどね・・。
さて、ヘンデルはD-moll。この曲は、フルート用の楽譜をヘ音記号読みしているので、
私もハラハラドキドキなのですが、それより大変なのが伴奏者!
さすがの先生も、「ひ〜」と悲鳴をあげて、「これは、本職の伴奏者を呼んでこなくちゃ!」と。
最初の頃は、カラオケでもいいのになぁ・・なんて思っていたのですが、
通奏低音とのからみこそがキーポイントのようですから、
ナマ伴奏って、ホント、大事なことなのですよね。
寄り添ってみたり、戦ってみたり・・って、やっぱり、やってみないと感覚がわからないもの。
そうそう、それから今日は、曲のキャラクタについての話が面白かったです。
「ぎとぎと」「粘着気質で」っていうヤツが、私にとっては曲者だってこともわかりました。
ってことは、私って、涼しげでサラッとしてるってこと?ウフフ・・






4. September. 2001

趣味悠々を見ていたら、いつもならその番組を見ているはずのゆりえさんから電話。
「あれ?おかしいな。」と思ったら、「主人が転勤になってしまってね・・」と。
「えっ?・・」の後の言葉がなかなか出てきませんでした。
そのかわりに、溢れるように涙が・・
コンソート青葉も、ノンキー・プロジェクトも、マーブルも一緒にやってきたゆりえさん、
純で、おっとりで、優しくて、可愛くて、皆に愛されているゆりえさん、
彼女が、知らず知らずのうちに、私にとっても、大きな存在になっていたことを、
今日、改めて思い知らされました。
神様、どーして、どーーして、どーーーしてっ!!!
若い頃は、好きは好きでも、特定の人やモノに、全く執着しなかった私・・
ところが、最近になって、執着心が出てきているのです。
先日「それは、トシをとったせいよ!」なんて言われたのですが、
こんな辛い気持ちになるのなら、ほんと、トシはとりたくない。






2. September. 2001

いよいよ、マーブル、茨城県の結城アクロスホールでのコンサート出演日。
朝から「演奏しに行く」というより、「旅行」気分の私達でしたが、
「それでも、バッチリ演奏は決めました!」
と、胸を張って言えるはずの練習はしておいたのです。なのに、なのに、最悪でした。トホホ。
ことの始まりは、「いろいろな楽器の紹介コーナー」
リハーサルでは、とても上手に吹いていたオカリナの若い女の子が、
本番になったら、ガタガタブルブル震えているのが目に入りました。
その途端、「どうしちゃったの?」という音が聴こえてきたのですよ。
それが、だんだん順番に伝染して、フルートの人もクラリネットの人も、ポヘッ、ブヒィ、・・
そして、ついに最後の番の私達も。「あがる」って、伝染するのですね。
楽器紹介コーナーは、キカイダーのようにカキン、カキンとしか動かない指でなんとか演奏しましたが、
メインの演奏ではさらに悪化。特に「どらえもん」の大事なイントロ部分で、私がプスッ、ポヘッと。
嗚呼、ここ数年の中で一番デキの悪い演奏になってしまい、主催者の方に、本当に申し訳なかったです。
でも、すぐに皆立ち直り、帰りは、またまた「旅行」気分で盛り上がって、
「楽しかったねー、楽しかったねー。」の連発でした。
盛り上がり過ぎた私が首都高のジャンクションを見落とし、アサッテの方向に行ってしまったくらい・・
最後は、しっかり美味しい料理でうち上がったし、めでたし、めでたし。(?!)





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