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2013_06/12

2014_01/22 updated

情熱

「一所懸命作った料理を褒めて貰えなかった」「味わうことなく掻き込まれて悲しかった」
というような投稿をよく目にしますが、
それに対し「自分が美味しいと思う時は、相手も美味しいと思ってくれているに違いないと思えばいいのになー」
などと能天気な感想を持っていました。

ところが、そのような類のことが我が身に降りかかり、
一所懸命積み上げてきたことを大事に思って貰えないことの辛さ・悲しさを、
いやというほど味わうことになったら、これが予想外の大打撃で、
一時は、ああ、どうしよう、どうすればいいのか?なんとかしなくちゃ!
というパニック状態に陥いり、何をするにも力が入らない状態でした。

何が一番悲しかったかというと、
「これをやっても、またあんな目に遭うかもしれない。やった甲斐がなくなるかもしれない。」
と「情熱」にブレーキがかかってしまったことでした。



人が行動を起こすには、いろいろな動機があると思います。
必要に迫られてやる人、やらねばならぬと思ってやる人、
誰かの支持で動く人、仕方なくやっている人・・・
そういう人達は、大抵目が輝いてないので、分りますよね。
でも、愛されたいとか、勝ちたいとか、満ち足りたいとか、
儲けたいとか、弱さを克服したいという気持ちを上手くエネルギーに変えている人は、
目力もあるし、パワーもあります。
なので、私は、長いこと、それを「情熱」と勘違いしてきたような気がします。

でも、衣装デザイナーの石岡瑛子さんが
「1mmの違いが分らない人は、1m違っても分らないのよ!」と仰っていたのを聞いて、
ようやく情熱と欲との間には、大きな違いがあることを悟ったのです。
マイナスを埋めようとしたり、欲をエネルギーに頑張っている人は、
早く結果を出したいから、出来るだけ面倒なことは避けます。
結果、その「1mmを大事にする」過程に詰まっている、とても大切なものを見逃すのです。
勿論、見逃すわけですから、手にすることもないのでしょう。

そういえば、願いが叶ったり、憧れの物を手に入れても
「満たされなかった」と言う人が、今までに何人もいました。
たぶん、それはプロセスを大事にしなかった人達だと思います。
そして、そういう人は、いつまでたっても満たされることがないから、次から次へと心移りし、
グルグル負のサークルを回り続けてしまうのだと思います。

私はどうでしょう?
「情熱」が、私の「やる気」というより、行動の全てを司っていると信じてきたけれど、
それは本物の情熱だったのでしょうか?
出来れば、人の情熱を引き出し、お互いに高め合いたいと願ってきたけれど、
逆に人の情熱を奪うようなことを、してこなかったでしょうか?
今、お天道さまに、いろいろを試されているような気がしています。


とはいえ、「考えること」からも「情報」からも「情熱」は生まれません。
行動あるのみ!
大きな試練だった2013年をなんとか乗り切ったおかげで、少し自信もついたので、
花や実でなく、「根」を育てる時期と決め、1mmどころか、1µmも見逃さないよう、
春先まで「コツコツ積み上げる」ことに専念したいなと思っています。

人も物もコトも気持ちも、大事にすればするほど愛着が沸いてきますね。
「なんだかいいぞ、育ってる!」っていう気持ちが、
木の芽が膨らむように、少しづつ少しづつ大きくなっていくのを実感している今日この頃です。

本年もどうぞ宜しくお願い致します。

・・・と、どうしても辛かったことの方に気持ちが行ってしまいがちですが、
素敵なこともいっぱいいっぱいありました。
その報告と、今後の予定・近況は、次の日記で必ず!






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